向殿校友会会長 毎日新聞に
急接近:向殿政男さん 事故調査の望ましい姿、どんなものでしょう?
事故調査機関の在り方について、消費者庁の検討会が年明けから本格的に議論を始める。事故調査の課題や、望ましい姿はどんなものか。検討会委員で安全工学の専門家、向殿政男・明治大教授(68)に聞いた。【聞き手・山田泰蔵】
◇再発防止へ背景究明を--明治大教授・向殿政男さん(68)
--なぜ、事故調査機関の在り方を検討する必要があるのですか。
◆ 信楽高原鉄道衝突事故(91年)や営団地下鉄日比谷線脱線事故(00年)のころから、被害者や研究者などの間で、本当の事故原因が究明されていないという問題意識が持ち上がってきた。東京都港区のエレベーター事故(06年)では、事故原因を調査する機関すらなかった。各分野で高まったさまざまな問題意識が集約されて、今年8月、消費者庁に検討会ができた。今こそ、新しい方向性を決める重要な時期に来ている。
--本当の事故原因が解明されていないとは、どういう意味ですか。
◆ 04年に六本木ヒルズで男児が回転ドアにはさまれて死亡する事故が起きた。回転ドアは欧州では重量が1トン未満に規制されているが、国内に基準はなく、事故が起きた回転ドアは2・7トンもあった。事故後、私は安全基準の作成に携わったが、事故原因は単なる技術的欠陥や、個人の不注意といった単純なものではないと痛感した。ドアの設計者、設置を認めた行政や施主、日常の安全管理者といった多くの人々が関係し、さまざまな背景、要因が複雑に絡む。ところが、事故は一面的な技術的欠陥や誰かの責任に押しつけて一件落着になりがちだ。それでは再発防止につながらない。背景を含めて原因究明する機関が必要だ。
--既存の調査機関では、原因究明はできないのでしょうか?
◆ 鉄道や航空機、船舶の事故を調査する運輸安全委員会は、ある程度の調査権限を持っているが、製品事故や食品事故といった分野では強い権限を持って調査できる機関がない。回転ドアやエレベーターのように事故発生時に調査機関すらなかったケースでは、事故が起きるたびに臨時の調査グループをつくっていた。例えば、06年のエレベーター事故を調査したのは国土交通省審議会の下部組織だった。私も含めて、研究者や弁護士らが非常勤メンバーで参加したものの、調査に必要な権限は何もなかった。事業者から話を聞くためには「再発防止のため」というお願いベースで協力を求めていくしかなかった。
◇罰するだけでは防げない
--警察は強力な権限を持って事故原因も調べています。
◆ 警察は、再発防止のための事故調査ではなく、刑事責任追及のための犯罪捜査が目的で、事故現場の証拠物をすべて押収してしまう。権限のない調査機関は「犯罪捜査や公判維持のために支障がある」として、その証拠物や当事者の供述などをほとんど見せてもらえない。エレベーター事故の場合、警察が押収した現物を実際に見ることができたのは約2年後だった。それでは事故調査はできない。犯罪捜査が重要であることは理解できる。悪意や故意など犯罪の色彩が強い場合には警察がしっかり捜査すればいいが、過失の場合は再発防止を重視して調査機関に主導権を持たせてほしい。
--日本では業務上過失致死傷罪があり、過失でも犯罪になります。
◆ 人間は必ずミスを犯し、事故は複合的な原因で起きる。個人を罰することだけで、事故の再発を防ぐことができるだろうか。複雑に絡み合った原因の究明を優先した方が、再発防止には効果がある。過度に刑事責任を問うことは当事者が真実を語らなくなり、原因は闇に消えてしまう。再発防止に協力し、真実を語る当事者には、刑事責任の軽減や情状酌量にする仕組みが必要ではないか。
--検討会には日航機墜落事故やエレベーター事故の遺族が委員として参加しています。
◆ 遺族は処罰感情が強いと想像していたが、「原因を知って納得したい。事故対策をしてもらいたい」という思いがより強いことが分かった。やはり、我々が知恵を出して、事故に遭った被害者の痛みを未来に生かさなければ、申し訳が立たない。
--新しい調査機関の具体像はどんなものでしょう?
◆ 今ある機関を統一して巨大な機関を作るのは現実的ではないかもしれない。しかし、複数ある既存機関を統一的に指揮命令できるよう、安全基本法を制定し、首相直属の機関として各省庁から独立させることが必要だ。